日本で金庸小説が新鮮に感じる理由

今日の夕方、チャンネルNECOの《武侠ブログ》を見た。
私を含め女侠達にほぼジャックされてた…(汗)。
しかもほぼ全員江湖の友人だった…(爆)。

こないだリアルな友人宅に行ったときの事。
私の携帯に貼り付けてる血刀老祖の待ち受け画像を見て、彼女は絶句。
「それ、ただのオジサンじゃん!?」
「え?この人はセックシー!なんだよぉ!」
「どぅいちゃん、セクシーの意味を間違えてるよ…。」
「なんの!本当のセクシーは大人の色気が無いと本物じゃないのよ。」

彼女はガクトのファンです。

「ねぇ、若い(男の)子には、興味ないの?」
「可愛いなぁ!とかカッコいいなぁ!とかは思うよ。
でもこのキャラを持つには、後何年後のお楽しみだワァって風に思っちゃう♪」

と答えて、気付いた事があります。


日本のドラマや映画の構図でよくあるパターン(ま、小説を含めても良い)。
最近の『踊る大走査線』や往年の『石原裕次郎』、遡っては幕末の志士達の話まで、
正義感溢れる若き主人公と、社会の泥沼に汚れた大人(オッサン)達という構図があります。
その世界の中ではたいていの場合、大人は《汚い・ズルイ》存在として描かれ
若き主人公はその若さでそんな大人達と対立し、闘うというストーリーが展開します。

では何故大人達は《汚い》のか?
それは、疲れてくたびれて諦めているからです。
昔は主人公と同じ様に若者だった彼等も、社会の荒波の中で組織や世間に負けて
長いものに巻かれてがんじがらめになり、とうとう疲れ果てて
それに抗う事を諦めてそこに身を染めてしまったからということです。

だからこそ、お話の後半辺りで一人か二人の大人が主人公の熱意に
自分の若い頃を重ね合わせて、当時の気概を思い出し、主人公に手を貸す…
なんて事もよく見かける展開です。

営業的にいうと、そうした方が若い売出し中のアイドルや俳優を主人公に出来るので
そんな話の方が、スポンサーなども視聴率を取りやすいと歓迎するのかも知れません。
今だって地上波の《月9》だのドラマのゴールデンタイムは、
そうした若いアイドルが多く主人公をやっている。

でも、私は青々としたボーイ達は昔から好みの対象外でした。
私が育った昭和40~50年代。
日本のTVはアメリカドラマ全盛の頃でした。
見てたのは「刑事コジャック」「刑事コロンボ」「スパイ大作戦」「警部マックロード」…。
主人公は、全員オッサン!(爆)
休日に祖父母の家に行くとそこでは時代劇。
「大江戸捜査網」「遠山の金さん」「銭形平次」「子連れ狼」…。
これもオッサンだらけ!(爆)

幼児期の体験とは恐ろしいモンで、オッサンばっかり見て育った私は
きっとその頃からオッサンに対する目が肥えてきたのでしょう(笑)。
金八先生が、熱く語るのを聞き生徒が涙するのを見ても
「説教臭い奴は嫌いだ!」と茶の間で斜に構えていた擦れた娘でした(笑)。

トレンディードラマ全盛の時代になっても
女性との恋のさや当てで悩む軟弱男か、もしくはやけを起こして物議をかもすポッキン男で
その中に出てくる大人の男性は、背中を丸めて女性に癒しを求める日常に疲れた男…。

「こんなオッサンばっかりかよ…。パッとしねぇなぁ…。」

段々日本のドラマに興味が無くなり、バラエティばかり見ていた日々…。
アメリカのドラマはというと、いつの間にか残虐行為とドンパチだらけ。
かと思うとやたら小難しい社会派ドラマか若者恋愛ドロドロ系ってのが多くなり
こっちもなんかつまらない。みんな内にこもってイジイジドロドロ…。

リアルな生活はただでさえ苦しいんだから、ドラマで位はじけようよぉ!

そんな中で偶然見てしまったのです!
食堂破壊しているオッサン!!(爆)
東屋ぶっ潰しているオッサン!!
鼎投げてるオッサン!!
意固地になったばかりにしょうもない勝負をしてそれに半生かけるオッサン!!

このオッサン達はちっとも疲れてもくたびれてもいません!
その人生の中で辛い事や悲しい事があったとしても、それを胸に秘めて
オッサン達は今日も命の限り力いっぱい暴れて…いや、生きているのです!

その圧倒的な迫力に主人公を初めとする若者達は呆気に取られ、
そしてオッサン達に見つかってイジられ、どつかれ、振り回され…(爆)。

日本の戦国時代のオッサン達は結構イカレキャラがいたのになぁ。
世界の三船敏郎も豪傑を演じたらピカ一だったのに…。
いつの間に日本の(ドラマの)オッサンはくたびれちゃったんだろう…?

戦国の時代に元気だったオッサン達は江戸初期には元気だった気がします。
男性の和服の帯の位置。
あれは中年になって腹が《中年太り》でポッコリ出た状態が一番格好良く見えるのだそうです。
それに月代。
あれは前頭部から後退したハゲが頭頂部に達した時に完成する髪形です。
そんな格好を標準とした日本の侍文化。
それは、オッサン達が
「若造にはデカイ顔なんぞさせん!これは兜を被っててハゲたんだ!オッサンだからだと!?
だったらオッサンにならなきゃ格好が付かない様な、
オッサンの為のベストな髪型なり服の着方を世の中の標準としよう!フハハハハ!」
という気概が感じられます(ちなみにこの発言は妄想です!爆)。
西洋の貴族の礼装にカツラを被ってハゲ(=オッサン臭さ)を隠すのとは真逆に
オッサンがハゲるのならそっちを公式髪型にしてしまえ!というオッサン達のパワー。

しかし、元々職業軍人だった《武士》も江戸時代に入るとその仕事が
戦(いくさ)から官僚的な仕事へと変わっていきます。
下克上の混乱を避ける為、基本世襲にした影響でその気概のやり場は失われ
ただ組織の中でどう生き延びるかが彼等の目標になってしまいました。

そして、幕末の動乱や太平洋戦争の敗戦。
そのどちらの後も新制度の下で過去は文化も含めて全て否定され、
新しいものこそ是であるという風潮が生まれました。

誤解しないでいただきたいのですが、全てにおいて過去が良いとは言っていません。
もちろん否定すべき過去はあります。
反省して悔い改める為には、過去の過ちを知り覚えておかないと改めようがありません。
すっかり忘れてしまっては、また同じ過ちを繰り返すかもしれないからです。
と、話はそれましたが…。

とにかく!新しいものこそ良くて古いものは全て駄目なものだ!と
いう流れで人生を長く生きたオッサンは若者に比べて古い存在で駄目だという
感覚がどこかで植えつけられてしまったんでしょうね。
若さこそ尊いもの!若さこそ美しい!

そんな感覚に真っ向から掌打を浴びせたのが、金庸小説のオッサン達です。
「若造が何をほざく!?わし等はちっともくたびれてなんかおらんぞ!
よく見るがいい!オッサンは強い!!オッサンは凄いんじゃあ!!!」
そして若者もひく位に子供っぽくて(爆)若者が止めるくらいに熱い!

こんなドラマは確かに最近の日本じゃあ、お目にかかれませんでしたよ。
あんな《オッサンパラダイス》な世界、日本じゃ誰も作ろうとしないかも…(爆)。
リアルの汚れた爺達はさておいて、
日本でこんなオッサンの登場はいつになるんでしょうかねぇ?

comment

Secret

洪八公さんへ

洪八公さん、こんにちは!
>みなさん大先輩で緊張します。
他の皆は『大先輩』に値するけど私はまだまだ未熟者なので緊張はご無用ですよ♪

>どぅいさんのオジフェチ、私も(男ですけど、、。)七公が好きです。
洪七公は私にとって癒し系のイカレオジです。もちろん大好き!

>本当に新米ですがよろしくお願いします。またちょくちょく寄らせていただきますね。
コチラこそヨロシク!いつでも大歓迎です!

この前はコメントありがとうございました。
みなさん大先輩で緊張します。
どぅいさんのオジフェチ、
私も(男ですけど、、。)七公が好きです。
本当に新米ですがよろしくお願いします。
またちょくちょく寄らせていただきますね。

Marioさんへ

そうなの。
どうしても日本の時代劇だと、跡目争いか不正をしている上層部の粛清みたいな事になっちゃって、
壮大なスペクタクルロマンってな世界観はなくなっちゃうんだよねぇ。
時代設定が江戸時代以降だと特にそう。せいぜいお宝探しって感じになるかなぁ?

そういう意味では戦国時代かもっと前の(架空の)時代という設定にすれば
少しは自由がきくかも知れないね。

だいたい『射』の宋の時代なんて日本で言えば鎌倉時代の話だよ。
そんな昔の時代設定で現代の私達が見ても「面白い!」と思える話を作るのは素晴らしいです。

日本だと…豪放な水軍のお頭と剣術の達人と忍術の達人とが
しがらみ無用で《ある若者》の手助けをする事になる…
しかも、若者の願いは恋人の待つ故郷に戻る事…。
彼は事故で記憶をなくし、何とか覚えているのは恋人との再会の約束だけ。
若者が少しづつ思い出すのを見守りながら付き添ってやるオッサン達。
しかし、若者はそれとは知らずに何かを所持していた為に…
ってのはどう?(笑)

銀妹へ

>木枯らし紋次郎も観てたんじゃないのお~?(爆)

あれは殺陣があまり気に入らなかったんで見ていませんでした(笑)。
後で聞いたんだけど、ちゃんと剣術を習っていない人間が
ヤクザになって刀を持つという設定だったからあえて殺陣は無様だったんだって。
なぁるほどぉ。とは思ったけどね…。

うちゃさんへ

>すでにおっさんと呼ばれる年齢の私
ほほぉ?うちゃさんは《オッサン》だったんですね!?(笑)

団塊の世代や、も一つ若いこの辺(オッサン)の世代(年齢的に前後はするけど)。
いっぱいいるはずなのにTVドラマ等のアプローチって少ないよね。
メディアは「疲れた身体に!」ってドリンク剤のCMばっかりだもの。
(やはり疲れてるんだ^^)
もっと精神的に元気になるようなこんな《オッサンの童話》があっても良いと思うんだけどねぇ。

 まず、「武侠」小説・ドラマという仮想自由空間が素晴らしい。我国でも小説・ドラマの空間は豊饒であると思いますが、どうしても「社会」「組織」つまり幕藩・会社・地域など枠を作っちゃいますね。
 次に、輝いて見えるおじさんたちは、枠がないゆえ「所属」「肩書き」がありません(ニックネームは素敵ですが)。その人自身で存在しているのですね。「射チョウ」のおじさんに比べ、「笑傲」など「門派」の主のなんと小さい人物だこと。
 また、「力」の重要な部分に内功・内力という「経験」「年齢」がものをいう要素があるゆえ、おじさんが光り輝いて見えますね。現実世界でも、若者が最新技術をかじって、IT技術に長け、外国語を学んでも「中身」が無ければ使いようがありません。かの国で工場立ち上げの際、日本から派遣される人で一番「頼り」にされ「尊敬」されるのは定年まじかの現場のおじさんです。師伯ですよね。
 金庸の名前はかつてブリジット・リンの東方不敗で知ったのですが、あの映画のあまりにも「キレ」ように原作を追いかけようなど思いもしませんでした。只、あんなブチキレを許すほど懐が深いのですね。

>青々としたボーイ達
やはり実践にはこちらの方がよろしいかと。

木枯らし紋次郎も観てたんじゃないのお~?(爆)

すでにおっさんと呼ばれる年齢の私は

あのはじけまくったキャラクターたちを見てると、元気になれます。
「年を重ねて修行を積んだ人間は絶対的に強い」と言いたいかのように、敵味方を問わず達人クラスは、ほとんどおっさんかじいちゃんで、例外は主人公くらい(それでも圧されぎみ)というのがいいです。

Dさんへ

考えてみたら、筋金入りですねぇ^^。

あのオッサン達は架空のキャラだから誇張があるとしても
あんなオッサンキャラを生む文化的土壌がある中国って本当に凄いと思います。
パワフルなわけよねぇ^^。

筋金入りの・・・

おっさんフェチですね~(笑)
でもね、わかります。
金庸小説に出てくるおっさんって
そのあたりにいる若いコより
数段魅力的ですもの。

bluedragon_kidさんへ

そうなの。
よくよく考えてみたら小さい頃から「オジ専」として育ったようなんですよ(笑)。

目移りするくらいのオッサン出現度という点で、金庸作品は私にとって宝の山です(爆)。

fince兄へ

島田省吾さんかぁ。本当に枯れ爺だね^^。
でもそんな枯れ爺も最近は少なくなってきたからなぁ。

なるほど。どぅいちゃんのオッサンフェチは、子供の時からの、刷り込みなんですね(納得)
金庸小説のオッサン達、ほんと、味がありますよね。演じる役者さん達も、個性的で、すばらしい
私、男なので、血刀老祖のこと、セクシーとは思いませんが、キャラクターとして、大好きです!

オイラはもう一歩進んで枯れ爺だな。


十時半睡を演じる島田正吾は絶品におじゃる。

NHKは定期的に再放送すべきだな。
プロフィール

どぅいちゃん

Author:どぅいちゃん
『射雕英雄伝』を見て武侠の世界に嵌りました。
パパこと東邪・黄薬師に心を奪われ、それ以来武侠の「イカレオジ専」担当です。
リアルな武侠仲間がいないのを憂いて、ゲリラ的に武侠布教活動を行っております。

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